靖国質問関連メモ3−祖父の戦争体験

いわしにて質問中(http://q.hatena.ne.jp/1154361636

いわゆるA級戦犯者合祀問題に関してなんですが、分祀論の中でなぜA級戦犯者の合祀のみが議論で取り上げられているのでしょうか。「人道に対する罪」を犯した(とされている)C級戦犯者が合祀されていることをむしろ問題として取り上げるべきであると思うのですが。

仮にA級戦犯問題が分祀という形で解決したとすると、問題がB級戦犯に移り、そして次はC級といった形でどんどん議論のすり替えが行われていくんでしょうか。

それとも根本的に分祀論者の中ではA級戦犯者だけが問題であり、B級、C級に関しては特に「問題である」という認識はされていないんでしょうか。

3年前に亡くなってしまったけれど、子どもの頃から祖父に日常的に戦争体験を聞かされて育ってきた。祖父は砲兵であり、アジア各地を転戦していたとのこと。よく話してくれたのが、フィリピンあたりで船に乗ってるときに仲間から「赤道が見えるぞ!」と双眼鏡を渡してもらい、覗いてみるとレンズに赤ペンで線が引いてあった、などのおもしろおかしい話だった。戦闘時の様子など、衝撃的な話はあまりしてもらわなかったけど、それでも夜手探りで川から水を汲んで食事を用意した次の朝にその川を見てみると死体が何体か浮かんでいた、だとかマラリアにかかって死線をさまよった、だとか行軍が辛い上に食べ物がない、などのような相当ショッキングな話もたまにしてくれた。その飢えの経験からか、いつもじっくりと手を合わせてから食事に取りかかる様子を見て、死線をくぐり抜けて日本の主権を守り通そうとしてくれた祖父に対して心から尊敬していた。もちろん今でも尊敬している。
僕自身にそういう経験があったので、学校で歴史を習うとき、あの戦争を「第二次世界大戦」という大局的な見方ではなく、一兵士としての視点で捉えて考えてみることが多かった。祖父に聞く自身の考え方やその仲間の意識のうちに、「鬼畜米英、大東亜共栄圏を!」などという大儀は必ずしも存在していない。ただ、そこにあるのは家族を守りたい、故郷を守りたい、そのためにとにかく日本に敵軍が入ってこないように防がなければ、という一心のみ。自分が今こうしていられるのもそのような一兵士達が一生懸命がんばったおかげであり、深い感謝と哀悼の意を無条件で捧げるべきであると思う。
こうした大局的な意思とはある意味無関係な一兵士達がほとんどを占めるあの戦争において語るときに、あろうことか対外的な問題である「戦犯」などという言葉がまず出てくることがどうしても悔しくて仕方がない。そのような議論と僕の祖父とどう結びつくというのか。まず、一日本人としてあの戦争と戦争に巻き込まれた人々をどう捉えるのか、という議論を尽くすことが筋ではないのか。


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というような青臭いことが中学生くらいの頃からずっと頭の中に悶々と置いてある中、先のはてなアンケートにより「A級戦犯」の意味を正しく理解している人が4人に1人という事実を知ってしまい、「よくわからん言葉に踊らされて議論する前にやることが他にあるんじゃないか」と、いい機会だと思い前回の質問をしてみた次第です。で、今回の質問はちゃんと言葉を理解せずになんとなく「戦犯」議論に乗っかってたような人に対する嫌味以上のなにものないです。こんな偉そうなことを言って、回答への返信の中で僕の不勉強がどんどん露呈してしまい穴があったら入りたい限りです…。